2011年06月07日18:21顔グラ総覧(三國志)-第4回 諸葛亮
諸葛亮   孔明 (181~234)



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三國志Ⅱ三國志Ⅲ三國志Ⅳ三國志Ⅴ三國志Ⅵ三國志Ⅶ
★★★★
★★
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★★★★
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諸葛亮

三國志Ⅷ
三國志Ⅸ
三國志Ⅹ
三國志11
三国鼎立
★★★★★★★★★★★★★



三国志の序盤から中盤までの主役を劉備とするなら、中盤以降の主役は諸葛亮と言える。
諸葛亮は陸中で晴耕雨読の生活を送り、司馬微の門下生となり「伏龍」と呼ばれた。
その噂を聞きつけた劉備に「三顧の礼」をもって軍師に誘われ、その際劉備に「天下三分の計」を示した。
諸葛亮は仕官早々卓越した戦術と戦略眼を魅せてその能力に懐疑的的だった劉備の義兄弟である関羽、張飛を心服させる。
劉備が曹操に新野を追われて以降は柴桑に向かい並み居る論客を論破して孫権と周瑜に開戦を決意させる。
諸葛亮ら劉備軍は孫権、周瑜らと結託して戦い、曹操らを赤壁で火計を持って破った。
その際演義だと諸葛亮は十万本以上の矢を集めたり、祈願で東南の風を起こしたりして勝利に貢献してる。

赤壁後は「鳳雛」と呼ばれた龐統を軍師に推薦。その龐統が蜀攻略の途上で戦死すると軍を率いて救援に向かい攻略に大いに貢献する。蜀建国後は丞相として国政を担った。
劉備の死の際はその子・劉禅の後見を託され場合によっては劉禅に代わって後継者になることを劉備に懇願される。
その後も諸葛亮は精力的に活動し、南蛮で孟獲らが反乱を起こすと演義ではこれを七度捕らえて感服させた。
後顧の憂いを絶つと劉禅に「出師の表」を上奏して魏へ北伐を始める。
しかし寵愛してた馬謖が軍律違反を犯して街亭で大敗すると泣いて馬謖を斬った。
その後も精力的に北伐を敢行するがいずれも魏の司馬懿により妨げられた。

五丈原で死期を悟ると姜維に後を託して没する。死してもなお自らも木像で司馬懿を翻弄し、「死せる孔明、生ける仲達を走らす」の故事を残した。
今でもなお大陸史上最高の軍師として崇められている人物である。



さて今回は諸葛亮である。


諸葛亮といえば孔明の字(あざな)でも知られており、
一般的には劉備や曹操よりもよく知られている人物かもしれない。
その諸葛亮であるが、正史では優れた政治家であり軍略家として描かれているが、
三国志演義の方ではむしろ神算鬼謀の軍師として描かれている。
その活躍ぶりは人の心を読んだり、人の裏をかいて智謀を発揮したり、そして天候を操り
挙句の果てには寿命まで伸ばそうと画策するなど人知を超えた存在となっている。
これはもはや人間というより仙人の域である。
さて顔グラの方であるが諸葛亮のイメージは軍師帽に羽扇と固定化されてるので全体を通して変化には乏しい。
しかしそんな中で一際目を引くのはⅣの顔グラであり、なにやら意味不明なかぼちゃ帽子を被っている。
大陸の神算鬼謀の軍師というよりはモンゴルあたりかの遊牧民みたいな格好だったが、
さすがにこのファッションは周囲からも評判が悪かったのか、すぐに元に戻っている。
その前のⅢでは一際強い眼光を放っているが、この顔グラは諸葛亮というよりは荀彧の方がイメージに近い。
またⅧではイメージチェンジをしてさっぱりひげを剃っている。おそらく若返りを図ったのだろうが
利き手にちゃっかり指輪なんかはめ込んで、これでは軍師というよりロン毛にちゃらいちょっと大人ぶった若者だ。
これもまたやっぱり長い軍師帽に長い髭という軍師のイメージに沿わなかったのか、次作からはまた髭を伸ばし始めている。
こうして諸葛亮は幾度かのマイナーチェンジをしながらも結局また元に戻って原点に落ち着いてる感じだ。
11では壮年の姿の諸葛亮が見れる。死期を悟り、愚考が目立つ主君の劉禅を前に蜀の行き先が不安なのか、いささか目から必死さが伝わってくる。
三国鼎立2の諸葛亮は目が異常にキラキラしててなんだか少女漫画みたいだ。腐女子には受けが良さそうだがこんなキラキラな孔明なんてイヤだ。


「げぇ! 孔明!!」の後にアーッ!な展開が聞こえてきそうだ。



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