2011年05月15日16:36顔グラ総覧(三國志)-第2回 曹操
曹操    孟徳 (155~220)




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三國志Ⅱ三國志Ⅲ三國志Ⅳ三國志Ⅴ 三國志Ⅵ 三國志Ⅶ
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曹操
三國志Ⅷ三國志Ⅸ三國志Ⅹ三國志11 三国鼎立2
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曹操といえば劉備と共に物語序盤から中盤までの主役の一人と言っても過言ではない。
許劭に「治世の能臣、乱世の奸雄」と評された彼は、乱世において持ち前の天賦の才覇道を突き進んでいくことになる。
黄巾討伐の軍に参加した曹操は董卓の専横が始まると
袁紹を盟主に反董卓連合を結成させ、これに対抗する。
大陸が群雄割拠に陥ると呂布、
李傕、袁術、劉備らを破り献帝を擁して中原を平定。一大勢力を築き上げる。
更に対立した河北の雄・
袁紹を官渡の戦いで破ると大陸の北半分を領し大陸の統一に近づく。
しかし孫権・劉備連合軍に赤壁の戦いで敗れると大陸の統一を目前にして頓挫。
その後は
魏王の位に即き、名実ともに位人臣をきわめ、魏建国の基盤を作った。後に武帝と追尊された。


曹操では三国志演義では劉備と相反する負の方向の人物として描かれ、専横、暗殺、略奪と暴虐の限りを尽くし、そのため大陸では今もなお悪人の代名詞として認知されている。
しかし実際は
建安の三曹七子に数えられるほど文人で、教養高い人物であった。
また大陸を統一の一歩手前まで漕ぎ着けたあたりからして、並大抵の人物ではないのは間違いないだろう。

顔グラの方であるが、演義の悪人のイメージがやはり先行しているのだろうかⅡからⅥまで、まるで映画の悪役に出てきそうなほどムスっとした顔立ちで悪人相である。一応Ⅴまでは
位人臣を極めたらしい身なりをしていたがⅥまでは一転して盗賊の身なりのようである。これでは大帝国・魏建国の足がかりを作った面影はどこにもない。
ⅦとⅧでは立派な軍装に身を包んでいる。まだ大陸で戦場を駆け巡り領土の拡張に躍起になっていた頃であろうか。
Ⅷではまた軍装をはずし平伏姿に戻っている。この頃になると大陸の領土をほぼ手中にし、自ら戦場に打って出る機会もなくなったのだろう。
だがⅨの曹操は頂けない。ドヤ顔に長いラーメンマンみたいなひげ面をしてまるで拳法の達人とでも言った方が良さそうだ。




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